東京地方裁判所 昭和35年(ワ)10554号 判決 1961年12月13日
理由
原告は、本件建物は昭和二十七年十月三十日原告において飯島造酒から買い受けその所有権を取得したものであると主張し、被告及び引受参加人はこれを否認するけれども、当事者間に争いのない登記の事実並びに証拠をあわせ考えれば、原告主張の右事実を認めるに十分である。
ところで、被告及び引受参加人は、飯島と原告との右売買は通謀虚偽表示であつて無効であると主張するので按ずるのに、証拠及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、訴外大和融資株式会社は昭和二十七年八月八日訴外吉沢積三郎に対して金三十八万余円を支払方法は同年九月末日限り金十三万円、同年十二月十五日限り残額を支払うこととして貸与し、飯島造酒は他の二名とともにその連帯保証人となつたこと、吉沢は右約旨に基づく弁済ができず、飯島は右会社から弁済の請求を受けていたこと、本件建物はその敷地とともに当時飯島の唯一の不動産をなし、同人はここを住居兼店舗として乾物商を営んでいたこと、原告は飯島の実兄であり原告との前記売買には昭和三十年十二月末日までの期限で買戻の特約がついていること等の事実を認めることはできるが、これらの事実から直ちに飯島と原告との本件建物売買が右訴外会社からの差押を免れるため当事者通謀の上でした虚偽の意思表示であると認めることはできない。
一方、原告は、被告の主張する強制競売の目的物件は本件建物ではないから、被告の競落、建物引渡命令、引受参加人への譲渡等はすべて本件建物には何らの効力も及ぼし得ないと主張する。しかし、右競売の目的物件とされたものは第二保存登記の表示すなわち別紙第二物件目録表示のように表示せられているもので、家屋番号を異にするほか屋根、建坪及び種類等において本件建物そのものの表示とは若干異なるものがあり、一見他の建物の観がないではないが、当時飯島は本件建物以外には何らの建物を所有せず、大和融資株式会社はその飯島所有の建物について競売の申立をしたものであることは弁論の全趣旨から明らかであり、右表示をもつて未だ本件建物のそれと全く同一性のないものというべきではないから、右競売手続は実体上本件建物を目的としてなされたものというべきであり、この点の原告の主張は失当である。
次に、原告は右競売手続は無効な第二保存登記を基礎としている故にその後の権利変動は無効である、少なくともそれらの登記は無効であるから原告に対抗し得ないと主張するのに対し、被告及び引受参加人は、原告こそ無効な第一保存登記を基礎とするものであるから実体上その所有権取得は無効であり、少なくとも有効な登記を欠くものとして被告及び引受参加人に対抗し得ないと主張する。本件における第一保存登記と第二保存登記はいずれも同一物件である本件建物に対してなされたものであるから、いわゆる二重保存登記であることは明らかであるが、右二重登記の出現するに至つたのは、証拠によれば、本件建物は既に昭和二十六年当時家屋番号「二七六番の七」として別紙第二物件目録表示のとおり家屋台帳に登載されていたが、未登記であつて、その後昭和二十七年十月に飯島がこれにつき保存登記をするにあたり、その登記申請を委嘱された司法書士において台帳登載が未了であるものとしてその手続をした結果、本件建物は新たに家屋番号「二七六番の二一」として別紙第一物件目録表示のとおり家屋台帳に登載され、第一保存登記がなされるに至つたものであり、その後訴外大和融資株式会社が本件建物に競売の申立をするにあたり、家屋台帳上右「二七六番の七」としての記載によつてその目的物件を表示し、かつ未登記のものとしたため、競売開始決定とともに裁判所の嘱託により右第二保存登記がなされるにいたり、両者に前記のような表示上の若干の不一致があつたため、客観的には同一物件に対するものでありながら、ここに二重の保存登記が現出するに至つたものであることを認めることができる。以上の事実によつて考えれば、一不動産一登記用紙主義をとる不動産登記法の建て前として、本件においてはさきになされた第一保存登記は有効に存在するものであり、これにおくれて、これと重複してなされた第二保存登記は無効のものといわなければならない。この場合、右両登記の基礎となつた家屋台帳上の登載は第二保存登記の方がさきであるけれども、家屋台帳上の記載は登記に対する関係では単に登記の目的物件の状況を明らかにし、かつ特に保存登記にあつては当該申請人が所有者であることを証明するためのものであり、それ以上の意味はないものというべきであるから、二個の家屋台帳上の記載がいずれも所有者を飯島造酒とするものである本件においては前記結論を左右するものではなく、この点の被告らの主張は失当である。次に、右第二保存登記が無効であるからといつて、これを基礎としてなされたその後の物権変動が実体上無効であるとすることはできない。けだし、登記は対抗要件に過ぎないからである。従つて、本件競売手続が無効であり被告の競落も無効であるとする原告の主張は失当である。しかしながら、右第二保存記が無効である以上、これを基礎としてなされたその後の登記、すなわち訴外大和融資株式会社の競売申立被告の競落による所有権取得引受参加人の売買による所有権取得登記はすべて的効な登記ということはできない。従つて、これら物権変動については、結局その対抗要件としての登記を欠くものとして、第三者たる原告に対抗し得ないものである。
以上のとおりであるから、被告は本件建物につき競落による所有権取得をもつて原告に対抗し得ず、その得た前記不動産引渡命令によつては本件建物につきその引渡の執行をなし得べからざるものであり、そのすでにした強制執行は違法であり、原告は被告に対し右引渡命令に基づく執行の不許と、既になされた部分の執行の取消を求め得べきものというべきである。また、引受参加人はその所有権取得をもつて原告に対抗し得ないものであるが、なお本件建物の所有権が自己にありとして原告の所有権を争うことは弁論の全趣旨から明らかであるから、原告と右引受参加人との間で本件建物が原告の所有に属することを確認することはその確認の利益あるものというべきであり、さらに引受参加人が前記第二保存登記を基礎としてした被告から引受参加人への所有権移転登記は無効であり、原告は所有者としてかかる無効の登記の存在による事実上の妨害を排除し得べきものというべきであるから、引受参加人は原告に対しこれが抹消登記手続をなすべきものである。よつて原告の本訴各請求はすべて正当。
<以下省略>